7-4 無線ネットワークの設計手法と評価・調整パラメータ

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1. はしがき

 工場やプラントなどのミッションクリティカルな製造現場では、無線ネットワークの信頼性と安定性は不可欠な要素である。今日、無線通信技術の進歩により様々な信頼性向上技術が開発され工場の安全安定操業に工業用無線製品が寄与している。本編では、工業用無線の代表的な高信頼性技術を紹介するとともに、無線ネットワークの具体的な設計手法、通信特性の評価指標および調整パラメータについて解説する。

7-4-2 無線ネットワークの設計手法

 安定した通信を実現するための、設置位置(通信距離)設計、通信経路(障害物回避)設計、通信周波数(干渉回避)の具体的な設計手法例と高信頼化技術について簡単に説明する。

7-4-2-1 設置位置(通信距離)設計

 無線機や中継器の配置など無線ネットワークの設計にあたっては大まかな通信距離を把握する必要がある。
 電波は通信距離により減衰するため、送信出力、送信・受信アンテナゲイン、受信感度限界のパラメータと通信距離を概算できる。図7-4-2-1に空間減衰と通信エラーの関係と、式7-4-2-1に自由空間における電波の距離減衰の推定式を示す。机上計算を行い計算した受信信号強度が、無線通信機の受信感度限界と一致する距離が通信距離の限界と考えることができるため、通信経路の回線変動のマージン(リンクマージン)を考慮して通信距離を概算する。

空間減衰と通信エラーの関係

図7-4-2-1 空間減衰と通信エラーの関係

7-4-2-2 通信経路(障害物回避)設計

 無線の送信機-受信機間の伝送路に障害物がある場合、障害物による電波の「反射」、「透過」、「回折」などの不可避な現象によって必ず複数の経路(マルチパス)を持ち、到達時間の差により同一信号間の干渉が発生し受信機側の信号品質を悪化させてしまうことをマルチパスフェージングという
 工場やプラントの環境下では金属の障害物が多い。金属は電波を反射するため複雑な反射経路による、マルチパスフェージングの影響が大きくなる。マルチパスフェージングの影響を緩和するため、アンテナ高さの調整やネットワークトポロジーにより障害物を回避して見通しを確保できるように通信経路の設計を行う。

マルチパスフェージング図7-4-2-2-1 マルチパスフェージング

 具体的には、アンテナ高を上げるなどして可能な範囲で伝送路の「見通し」を確保する対応を行うことが望ましい。見通しとは、式7-4-2-2で求められる送信機と受信機を頂点としたラグビーボール状の形状をした主要な伝送路の半径(第1フレネル半径)(図7-4-2-2-2)内に障害物がないことを指す。

電波の伝送路図7-4-2-2-2 電波の伝送路

数式(主要な伝送路の半径を求める式) 障害物をネットワークトポロジーで回避するような通信経路設計も考えられる。ネットワートポロジーの種類については7-4-5-7項で述べる。

7-4-2-3 通信周波数(干渉回避)設計

 

通信周波数の設計にあたっては、ノイズや他の無線システムが利用している周波数帯を避けて「通信チャネル」を割り付けることが基本であり、そのような技術を周波数ホッピングと呼ぶ。周波数ホッピングについては7-4-3-2項で述べる。
ノイズや他の無線システムが利用している周波数帯をあらかじめブラックリスト登録し使用しないことで、同一環境にある他の無線システムやノイズとの周波数の干渉を回避するブラックリスティング機能の活用も有効である。

ブラックリスティング機能の概要図7-4-2-3 ブラックリスティング機能の概要

7-4-3 工業用無線の高信頼性技術

 工業用無線には、物理層、データリンク層、ネットワークなどに高信頼性を実現する様々な技術が実装されている。ここでは工業用無線に適用される代表的な高信頼性技術について説明する。

7-4-3-1 スペクトラム拡散技術

 スペクトラム拡散技術は、無線通信機の物理層に実装される高信頼性技術であり、送信する信号を広帯域化することにより干渉耐性を高めることを可能とする。送信信号を広帯域化することにより送信信号に干渉成分が加わっても、受信側で信号を逆拡散することにより干渉成分の影響を小さくすることができるため、受信感度を向上させることができる。

スペクトラム拡散技術の概要図7-4-3-1 スペクトラム拡散技術の概要

7-4-3-2 周波数ホッピング技術

 周波数ホッピング技術はデータリンク層に実装される高信頼性技術であり、一定時間ごとに通信チャネルを切り替えて通信を行うことで、ある周波数チャネルで干渉が発生しても他の周波数チャネルでの再送で干渉電波を回避し干渉耐性を高めることが可能である。図7-4-3-2に周波数ホッピング機能の概要を示す。ノイズの多い環境下では周波数ホッピング機能をもつ無線プロトコルの適用は有効である。

周波数ホッピング機能の概要図7-4-3-2 周波数ホッピング機能の概要

7-4-3-3 メッシュネットワーク技術

 メッシュネットワーク技術は無線ネットワークのトポロジーに用いられる高信頼性技術であり、無線通信経路をメッシュ状に冗長化して、通信障害発生時に通信経路を切り替えることで信頼性を向上させる。移動障害物があり伝送路の見通しが変化するような設置環境の場合、メッシュネットワークの採用は有効である。

メッシュネットワーク図7-4-3-3 メッシュネットワーク

7-4-4 通信性能の評価指標

 無線通信の信頼性を評価するには、定量的な数値が必要である。ここでは無線の信頼性評価に用いられることの多い代表的なパラメータである、パケットエラーレート(PER)と受信信号強度(RSSI)について簡単に解説する。無線の信頼性パラメータは、無線システム導入時の調整や、導入後にパラメータを常時監視し異常が発生した場合、原因の調査と、無線機の配置やネットワーク仕様の調整を実施する。通信の信頼性パラメータの許容値は適用アプリケーションの緊急度や重要性などをもとに決定する。

7-4-4-1 パケットエラーレート(PER)

 パケットエラーレートの定義は、決められた時間範囲内でデータを正常に受信できなかった確率を指し、式7-4-4-1-1で求めることができる。送信機-受信機間の伝送路の信頼性の指標として活用される。パケットエラーレートの許容値の検討にあたっては、エラー発生時の再送処理によるパケットの回復も考慮して、適用アプリケーションの緊急度や重要度に応じて許容値を検討することが一般的である。

パケットエラーレートの考え方図7-4-4-1 パケットエラーレートの考え方

数式(パケットエラーレートの算出)(式7-4-4-1-1)

 例えば伝送路のPER=10%、再送回数の上限を2回とすると通信の成功確率は式7-4-4-1-2で求められる。再送処理も含めた通信の失敗確率(packet loss ratio (PLR))を信頼性の指標として活用する場合もある。

成功確率(%)=(1-(0.1×0.1×0.1))×100 = 99.9 (式7-4-4-1-2)

 再送回数の上限値は、データ遅延の許容時間と1回の再送処理にかかる時間から計算することができる。パケットエラーレートが許容値を超えた場合、原因の調査と、無線機の配置やネットワーク仕様の調整を実施する。

7-4-4-2 受信信号強度(RSSI)

 受信信号強度の定義は、送信器から送信されたパケットを受信機が受信した際の受信信号の強度を指し、送信機-受信機間の伝送路の電波伝搬の指標として活用される。単位はdBmで表すことが多い。受信信号強度の許容値は、無線機の受信感度に対してマージンを考慮して設定することが一般的である。移動障害物による影響や新たな障害物の配置などにより受信信号の強度は変動するため、受信信号強度が許容値を下回った場合、原因の調査と、必要に応じて無線機の配置やネットワーク仕様の調整を実施する。
 受信信号強度は、送信機-受信機間の通信が成功した際に取得される指標であるから、受信信号強度を監視し、強度の低下が見られた場合、原因の調査を行いネットワーク仕様の調整を実施することでパケットエラーの発生を未然に防ぐことができる。

7-4-4-3 遅延時間

 送信機から受信機までパケットが到達するまでの時間。通信エラーが発生しない場合、送信時間(7-4-5-4)と同等になる。送信機と受信機間で通信エラーが発生し、再送処理を実施する場合、遅延時間は拡大する。単位は秒(sec)。

遅延時間図7-4-4-3 遅延時間

7-4-4-4 スループット

 無線通信アプリケーションおける、単位時間当たりに通信可能なデータ量。通信周波数帯、時間、空間は有限であるから、同一の空間で同一の通信周波数を利用する無線機の台数が増えるほどスループットは低下する。パラメータの単位はbit/s。

7-4-5 周波数資源(スペクトラム)の調整パラメータ

 アプリケーションの要件を実現するための無線ネットワークのパラメータを設定・調整する。ここでは複数の無線システムの共存管理を行うための調整パラメータ(共存管理に影響を与える、送信電波と電波環境に関するパラメータ)について簡単に説明する。周波数資源は各国の電波法の範囲内で調整する必要がある。

7-4-5-1 送信出力

 送信機が出力する電波の電力。送信出力の上限値は電波法で規制される。
 パラメータの単位はW。

7-4-5-2 送信チャネル

 周波数チャネルは、周波数帯域の一部であり、送信機と受信機間で電波を送信するために使用される。周波数チャネルは、仕様または規格に従って、整数値のチャネル番号として表される。チャネル番号が指定されていない場合は、中心周波数と占有帯域幅、または下限と上限のカットオフ周波数の組み合わせで通信帯域を設定する必要がある。
 周波数チャネルは、仕様または規格に従って、単位のない符号なし整数値として表される数値として表される。

7-4-5-3 ブラックリスティング

 他の無線システムとの干渉を軽減するため、影響を受ける周波数チャネルをあらかじめブラックリストに登録し、ブラックリストに登録した周波数チャネルを使用しないことで、同一環境にある他の無線システムとの周波数の干渉を回避する仕組み。

7-4-5-4 送信時間

 送信機から受信機へパケットを電波で送付するのに要する時間。パケットのデータ長と通信速度から計算できる。送信時間の上限値は電波法で規定される。
 パラメータの単位は秒(sec)。

7-4-5-5 休止時間

 送信機から電波の送信を停止する時間。休止時間の下限値や送信時間と休止時間の比率の上限値は電波法で規定される。
 パラメータの単位は秒(sec)。

7-4-5-6 再送

 送信機が受信器からの確認応答を受信出来なかった場合に、プロトコルまたはアプリケーションの要件に合わせて送信機が再度同じパケット送信を行う処理。再送を行うまでの時間と再送回数上限などのパラメータは、利用する通信方式及びアプリケーションの要件に応じて決定する。

7-4-5-7 ネットワークトポロジー

 無線通信アプリケーションの通信ネットワークの構造と構成。
 代表的なネットワークトポロジーとして、図7-4-5-7で示すような、ポイントツーポイント、リニア、スター、ツリー、メッシュなどのトポロジーなどがある。

代表的なネットワークトポロジー図7-4-5-7 代表的なネットワークトポロジー

7-4-6 無線システム導入の留意点

 無線システムは配線が不要のため多く利点があるが、一方で、その実装には新たな課題があることにも留意しておく必要がある。無線の通信媒体の電波は、当然目で見ることができない。そして、電波の伝搬経路や伝搬特性が環境条件に強く依存すること、さらに他の無線システムの電波と空間を共有しているために発生する電波干渉の可能性を把握しておく必要がある。この課題は、産業オートメーションの要件を満足する工業用無線の導入に際して解決しておく必要がある。この電波の衝突は、受信機側で観測されるが、送信機側は通常、受信機で衝突状態であることを検出できない。そのため、一定時間内に正しく受信した知らせの応答信号(Acknowledge)の返信が無い場合には、再送信するなどの対処法を実装した通信方式を選定する必要がある。

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